介護保険三施設、懸念されている問題点。
これまでご紹介してきた全国の介護施設数の約4割を占める「介護保険三施設」ですが、それぞれ現状において、深刻な問題を抱えています。
まず、「介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム、特養)」については、全国で施設数としては最多となるものの、需要に供給がまったく追いついていません。
厚生労働省の集計によると、全国の特養の入居待機者数は52.2万人(2014年3月現在)。5年前に比べ、約10万人増加したとのことです。
現在、新しい入居者については、常時介護が必要な寝たきり・認知症などの要介護4-5の高齢者の入所が基本的に優先されていますが、どの市町村でも待機者が増える一方というのが、実情です。
要介護4-5の重度であったとしても、1~2年待って入居できればまだよいほう…という状況の施設も、決して珍しくはありません。
また介護保険法の改正(2015年4月施行)により、2015年4月からは特養への新規入所が、原則として「要介護3以上」に限定されました。
市町村の関与を条件に入所できる「特例入所」を活用するなどの道は残されているものの、入所希望者全体の35%程度を占める要介護1・2の約18万人は、今後は要介護度の悪化がない限り、特養に新たに入所できなくなります。
たとえば身体的には健康だが要介護1~2と判定されている認知症の方も、現実に少なくありません。そのような方が今後特養への入所を希望する場合は、判定において市町村の関わりが強くなることを、あらかじめ踏まえておく必要があります。
2015年の介護報酬改定では、特養の介護報酬は5%以上も減少(介護報酬全体では2.27%のマイナス改定)しました。
基本報酬の引き下げは減収につながるため、財政的余裕のある都心部の特養はともかく、地方の特養では経営が悪化するところも出てくると、懸念する声もあります。
さらに今後「要介護度3以上の入居者ばかり」となれば、患者の病院への一時入院回数も増え、施設のベッドが空く期間も全体で長期化することから、収入減に拍車がかかるリスクも出てきます(介護保険上は3ヶ月以内の退院が見込まれる場合、施設側でベッドを空けて本人の戻りを待つのが原則になっています)。
施設の増加をはかろうにも、建設費用の4分の3をまかなっていた国の補助金が2005年に廃止されたことから、地方自治体の負担も重くなっていて、そう新設を期待できないのが現状です。
負担分を介護保険料のアップに転嫁してまかなうのも、現実的には難しい状況です。
現在の特養で主流の「4人相部屋」のスタイルでは、個々の入居者のプライバシーや生活の質を維持することが難しいのは、明らかです。
施設の新設が難しくなる中で、ユニット型への移行を推し進めようとする厚生労働省と現実とのギャップは、大きくなる一方です。
国の建設補助金の廃止によって特養の新設そのものにブレーキがかかっているだけでなく、今後のユニット型への移行や個室部屋の増加もまた、期待薄となっているわけです。
特に地方の特養では、地元の名士や資産家などが社会福祉法人を設立し、経営主体となっている施設も多くあります。
なかには介護への関心や意識がそれほど高くない経営者もいて、施設の維持運営やサービス水準が低いままの特養も少なくないようです。
東京などの都心部においては、特養を新たなオープンしたにせよ募集で必要な介護スタッフを集めきれず、入所者数を定員よりも大幅に減らしてやりくりをつけるなど、介護業界の人出不足からくる問題も生じています。
「全国の特養の3割近くが赤字」ともささやかれるなか、入居を希望する待機者の今後の激増に対し、「特養」はどれほどの供給増とサービス品質をもって応えられるかが不安視されています。
「介護老人保険施設(老健)」においては、原則として入所期間が3ヶ月~長くて半年程度と限られていますが、リハビリが成功し、健康を取り戻して自宅へ帰れるケースは、どちらかといえば少数派です。
厚生労働省の調査では、介護老人保険施設(老健)を退所し病院で亡くなった方の割合は40.6%(2013年)に達しています。
実態としては、「介護老人福祉施設(特養)へ入所するまでのつなぎ」としての位置づけになっており、老健を「第二特養」と呼んでいる人もいるくらいです。
そのため特養への入所を待ちながら、一定期間ごとにいくつかの老健を転々とするケースが、現実に珍しくありません(ちなみに施設の平均在所日数は311.3日(2013年)となっています)。
介護保険施設(2)〔介護老人保健施設(老健)〕。でご説明したとおり、厚生労働省は現在の「老健」について、医療・看護の体制を強化した「転換老健」とすることにより、将来の「介護療養型医療施設(介護療養病床)の全廃、医療保険型療養病床(医療療養病床)の削減」によって生じる、退所者の「受け皿」にしていく方針を示していました。
「転換老健」に移行すると言っても、現在の「老健」の機能は「リハビリによる在宅復帰支援」が中心ですので、症状が安定しているにせよ、医療関係者にしかできない行為が必要なケースが多い療養病床の患者が大量に移ってきた場合、その受け入れが難しいだろうと懸念されていました。
他の医療機関の医師が夜間に往診するなどの「対症療法」でどこまでカバーできるか、を心配する声もありました。加えて療養病床を併設している病院は、老健などへの転換費用も必要になってくるため、その財政的負担に耐えられるか、転換後の経営が成り立つかを不安視する声も根強くあります。
厚生労働省が2008年5月に転換後の患者の受け皿として新たにスタートさせた「介護療養型老人保健施設(新型老健)」については、医療関係者からは「介護報酬の水準が低すぎる」との声もあがっており、転換が厚生労働省のもくろみどおり進んではいないのが現状です。
(なお、「介護療養型老人保健施設(新型老健)」の詳細については、介護療養型老人保健施設(新型老健)。をご参照ください。)
「介護療養型医療施設(介護療養病床)」については、そもそも将来的に施設が全廃される可能性があることについての社会的認知も進んでいません。
【追記1(過去の施策)】
2011年度末(2012年3月末)を期限としての他施設への転換が間に合わないとして、介護療養病床の廃止計画が、2017年度末(2018年3月末)まで猶予となりました。
また2012年4月からは、「介護療養型医療施設(介護療養病床)」の新設は認められなくなりました。
【追記2(過去の施策)】
2015年の介護報酬改定において、「医療ニーズの高い入所者」への対応を強化した「療養機能強化型」の介護療養型医療施設が、新たに誕生しました。
介護療養型医療施設(介護療養病床)の廃止を謳う一方、重度者に手厚い医療を施すため新タイプの介護療養型を設ける必要もあるとして、国はこれを矛盾しないと考えていたようです。
【追記3(過去の施策)】
2016年1月に厚生労働省の有識者検討会は、医療療養病床・介護療養病床のうち約14万床を2017年度末(2018年3月末)までに廃止して、医療体制の整った「医療内包型」「医療外付型」の2種類の施設を創設する旨の案をまとめました(詳細は介護保険施設(3)〔介護療養型医療施設〕。 【追記3】ご参照)。
「介護療養型医療施設(介護療養病床)」は予定どおり全廃し、「医療保険型療養病床(医療療養病床)」は医療体制の整った新施設を選択肢に加えることで、病院側にさらに転換を促すことが狙いのようです。
【追記4】
上記(追記3)の流れを受け、2017年5月に一括法として成立した「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」の中の「改正介護保険法」に基づき(医療法も同時改正)、「介護医療院」が誕生することとなりました。
「介護医療院」の基本的な性格は「要介護者の長期療養のための医療、および日常生活上の世話(介護)を一体的に提供する施設」となります。
この「介護医療院」は、全国にいまだ約5.9万床(2016年3月現在)ある「介護療養病床」の主な転換先に位置づけられています。
介護医療院の利用要件や、施設基準等の詳細は、これから社会保障審議会・介護給付費分科会で議論される予定です。
今回の法改正で決まっているのは、「(少なくとも)療養室・診察室・処置室および機能訓練室を設ける」点です。
施設の最低基準にかかる現状の方向性としては、「現行の介護療養病床のうちの療養機能強化型」に相当するもの及び「現行の老健施設相当以上」の、2類型が示されています。
2018年3月末までの全廃予定で話が進められてきた「介護療養病床」ですが、今回の改正で(介護療養病床から介護医療院への)移行期間も考慮し、介護療養病床の廃止・転換期限を、2018年3月末からさらに「6年間延長」することになりました。
(介護医療院については、介護保険施設(3)〔介護療養型医療施設〕。 もあわせてご参照ください。)
「介護療養型医療施設(介護療養病床)」の廃止によって退去を迫られた高齢者は、自宅に戻り訪問介護などを受けるケースが基本的に想定されていますが、長期間にわたって療養してきたために体が弱っていることもあり、自宅に戻れないケースが相当数でてきます。
厚生労働省の調査(2014年)によれば、介護療養型医療施設でもっとも多い在所者は「要介護5」(55.8%)および「要介護4」(32.2%)というのが現状です。
大幅な削減が進んでいる「医療保険型療養病床(医療療養病床)」についても、現在は医師や看護師が常駐していることからいざという時の対応もまだ比較的すみやかに行えるものの、高齢者がほかの介護施設に移ったり自宅に戻ったりした場合に、その対応が遅れるのではないか、という懸念が拭えません。
「介護療養型医療施設」と同様、「医療保険型療養病床(医療療養病床)」でも、退院を余儀なくされた後に行き場を失う高齢者(医療・介護難民)が相当数出るだろうといわれています。
たとえば現在の医療保険型療養病床(医療療養病床)においては、高齢者の認知症や慢性疾患などは最も軽い症状として区分されているため、医療の必要性が低いという扱いを受け、診療報酬も低く抑えられています。
しかしながら、認知症の患者へのケアは現実問題として時間がかかるため、病院側としては採算性がとれないまま長時間の対応を要する認知症の患者を多く受け入れることが、今ですらままならない状況になっています。
すでに、「医療保険型療養病床(医療療養病床)」も各地で施設数の減少が進んでいることから、とりわけこれらの認知症患者を含めた「診療報酬の計算上、軽度に区分されている患者」の受け入れ先を今後どの程度用意できるかが、問題になるものと懸念されています。
2017年の改正介護保険法で登場した「介護医療院」は、現状案からみる限り「病院の中で、リハビリ等も行いながら日々の(要介護)生活を営める施設」といったイメージです。
国が推進する「地域包括ケア」においては、地域における既存の医療機関や様々な種類の介護施設の事業者にも目配りした、バランスのとれたきめ細かな舵取りがさらに必要となるでしょう。
これから議論される施設の設置・運営条件にもよりますが、医療も提供される介護医療院は利用者やその家族にとって、「安心感の高い、もっとも魅力的な介護施設」として選ばれる可能性も高そうです。
そうなると、国がこれまで介護療養病床の転換先として進めてきた「新型老健」や、介護付有料老人ホームなど民間の介護施設との「すみ分け」はどうするのか、といった問題も出てきそうです。
これまでの国の方針に沿って新型老健や一般病棟に転換した事業者・医療機関は、あるいは梯子を外されたような気分かもしれません。
移行準備期間の名目のもと、2006年度の決定に続き、介護療養病床の廃止・転換期限が6年間再延長されたわけですが、ただ問題を先送りしただけとならぬよう、介護医療院の介護報酬等に関わる議論の推移を見守る必要があります。
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