介護施設における介護職員の医療行為の実情、知っておきたい問題の背景。
介護施設において介護職スタッフが入居者に「医療的なケア」を施すことは、少なくとも現時点では認められる行為とされていないことはご存じでしょうか。
たとえば介護施設の入居者が就寝中、深夜にたんがからんだ場合は、たんの吸引が必要になります。
本人が苦しんでいるのを目の当たりにした当直の介護スタッフがたんの吸引を行うことは、職業的にも人道的にもなんら問題のないことのように見えます。
しかし実はこれが、医師や看護師など医療職にしか行うことができない「医療行為」に該当するのではないか、とされ、医師法などに抵触するのではないか、そして行為者が刑事・民事上の処罰を受ける可能性があるのではないか、として議論の対象になっているのです。
(ちなみにたんの吸引は、「在宅介護(訪問介護)」においては当面の間、医師の指導や本人の同意など一定の条件のもと、その一部が介護職にも認められました。)
そもそも「医療行為」とは、確たる根拠となる法律も定義もないことばです。
しかし一般には、医師の医学的な判断と技術にもとづかなければ人体に危害が及ぶおそれのある行為であり、傷病の治療や診断を目的として行うものと考えられています。
医療行為は「業として」行わない限り、これはなんら法に触れることはありません。
たまたま道で人が倒れているときに通りかかって心肺蘇生法を施す場合のように、緊急時に一回限りの処置を行うようなケースならば、それは医療行為とはみなされないわけです。
しかし、介護施設(で働く介護職員・スタッフら)は、利用者から入居費用をいただき、ビジネスとして継続的にサービスの提供を行っているはずです。
そのようなサービスの一環として、介護施設内で毎日のように行われるたんの吸引などの措置は、医療行為に該当するのではないか?その場合は介護スタッフは無資格で医療行為を行っていることになってしまい、医師法などの法律違反にあたるのではないか?という疑念が、現時点では完全にぬぐい去られていないわけです。
これを入居者の側からみると、医療行為とみられてもおかしくないような高度な技術を介護職員が施しても大丈夫なのか、万一事故が起きた場合は誰がどう責任をとるのか、という話になってきます。
そもそも、行為そのものにある程度の危険性が認められていることから「医療行為」扱いとなっているわけですし、本来ならば医師や看護師に行ってもらうのが一番良いことは、いうまでもありません。
しかし夜間に医師や看護師が常駐する介護施設の数は、きわめて少ないのが現実です。
厚生労働省の調査によれば、夜勤や宿直の看護職員が必ずいる施設は全体のわずか2%程度とのことです。
そのような状況下では、介護施設で夜勤当番となるごく少数の介護スタッフがやむを得ず、法律違反となるリスクを背負いながらも措置を行わざるを得ないというのが現実です。
医療行為を行ったという自覚のある介護施設の職員が、調査対象者全体のほぼ半数にのぼる結果となった調査もあるほどです。
介護スタッフの側としても、労働時間や待遇などが厳しい労働環境のなか、しかも頼る人手もない夜間などに刑事・民事罰を課されるかもしれない恐怖と戦いながらも、目の前で苦しむ入居者の世話にあたっているわけです。
介護業界への人材の定着という面においても、この医療行為問題は大きなマイナス要因として横たわったままとなっています。
この問題はかなり以前から指摘されていることもあり、介護関係者からは一部行為の解禁、また医療関係者からは医療施設と介護施設の線引きの明確化や医療施設の拡充などが要請され続けています。
2005年に厚生労働省は通知を出し、一部の行為ではあるが「医療行為にあたらない」として、介護職が行うことを容認しました。
具体的には「体温・血圧の測定」「異常のない爪の爪切り」「軽微な切り傷ややけどなどの処置」「湿布貼り・点眼・内服・座薬の挿入」などです。
しかしこれらの認められた行為ですら、万一それに起因して刑事・民事上の問題が起きた場合には、事案としての適正さや違法性が司法の場で個別に判断されることになっていて、上に述べたリスクが完全に消え去ったわけではないのです。
現在は厚生労働省が、介護職員の医療行為を一部解禁することについての検討会を発足させ、議論が進められています。
なしくずしに介護職が行える医療行為の範囲を拡大すれば、介護施設入居者の安全性が脅かされることになりますし、逆に範囲の厳格化に走るならば介護職員の負担が増し、彼らの離職や介護施設の廃業、ひいては介護業界の縮小にもつながりかねません。
ひとつの方向性として、介護スタッフの待遇改善をはかりながら、十分な研修や訓練を義務づけたうえで行える医療行為の幅を拡大するべきだという声もありますが、その実現の有無や度合いなどはまだ未知数です。
介護施設に入居する利用者の、日々の安全な暮らしにかかわる問題でもあります。
利用する側としても、この問題の今後の展開を注視したいものです。
【追記】
平成21年(2009年)6月の報道によれば、厚生労働省は、研修を受けた介護福祉士や看護職員がたんの吸引など一部の医療行為を行うことを認める「モデル事業」を実施する方針を固めた、とのことです。
モデル事業の結果を踏まえてガイドラインを作成し、来年度からは全国各地の特養において、介護職員の医療行為を一部解禁していく方向のようです。
介護職員らの医療行為を果たしてどこまで容認するのか、今後の動向に注目する必要がありそうです。
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