介護施設における、介護職員の医療行為。
【平成24年(2012年)3月追記】
以下記載のとおりの問題を抱えていた「介護職員の医療行為」ですが、改正介護保険法の成立・社会福祉士及び介護福祉士法」の一部改正により、平成24年(2012年)4月1日から一定の条件のもと、介護福祉士および一定の追加的な研修を終了した介護職員等が、これまで医療行為とされていた「たんの吸引」「経管栄養(胃ろうなど)」を実施できることになりました。
(介護福祉士については平成27(2015)年4月1日施行となっていますが、介護福祉士も一定の研修を受けることでそれ以前から実施可能となっています。)
【PDF】介護職員等による喀痰吸引等の実施のための制度について(厚生労働省)
現在すでに一定の条件のもとでたんの吸引等を行なっている人(経過措置対象者)については、すでに喀痰吸引等研修で得られる知識・技能を有していることが証明されれば認められることになっています(法律上の経過措置)。
具体的には、まず登録要件を満たした介護事業者が、都道府県で登録を行う必要があります。そしてそこに所属する介護職員が一定の研修を経て「認定特定行為業務従事者認定証」を得なくてはなりません。その上ではじめて、介護職員は医師の指示の下、たんの吸引などの「限定された行為」を行えることになります。
今回の改正は、「行為の法的な曖昧さがとりあえず解消された」という話であり、これらの行為を行なうことによる介護職員の負担の大きさや、彼らが多大な精神的緊張を日常的に強いられる勤務状況の問題などは、以前残ったままとなっています。
(追記ここまで)
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介護施設において介護職スタッフが入居者に「医療的なケア」を施すことは、認められる行為とされていないことはご存じでしょうか。
たとえば介護施設の入居者が就寝中、深夜にたんがからんだ場合、たんの吸引が必要になります。本人が苦しんでいるのを目の当たりにした当直の介護スタッフがたんの吸引を行うことは、職業的にも人道的にもなんら問題のないことのように見えます。
しかし実はこれが、医師や看護師など医療職にしか行うことができない「医療行為」に該当するのではないか、とされ、医師法などに抵触するのではないか、そして行為者が刑事・民事上の処罰を受ける可能性があるのではないか、として議論の対象になってきたのです。
(ちなみにたんの吸引は、「在宅介護(訪問介護)」においては当面の間、医師の指導や本人の同意など一定の条件のもと、その一部が介護職にも認められました。)
そもそも「医療行為」とは、確たる根拠となる法律も定義もない用語です。しかし一般には、医師の医学的な判断と技術にもとづかなければ人体に危害が及ぶおそれのある行為であり、傷病の治療や診断を目的として行うものと考えられています。
医療行為は「業として」行わない限り、これはなんら法に触れることはありません。たまたま道で人が倒れているときに通りかかって心肺蘇生法を施す場合のように、緊急時に一回限りの処置を行うようなケースならば、それは医療行為とはみなされないわけです。
しかし、介護施設(で働く介護職員・スタッフら)は、利用者から入居費用をいただき、ビジネスとして継続的にサービスの提供を行っています。
そのようなサービスの一環として、介護施設内で毎日のように行われるたんの吸引などの措置は、医療行為に該当するのではないか?その場合は介護スタッフは無資格で医療行為を行っていることになってしまい、医師法などの法律違反にあたるのではないか?という疑念が、現時点では完全にぬぐい去られていないわけです。
これを入居者の側からみると、医療行為とみられてもおかしくないような高度な技術を介護職員が施して大丈夫なのか、万一の事故が起きた場合、誰がどう責任をとるのか、という話になってきます。
そもそも行為そのものにある程度の危険性が認められているために「医療行為」扱いとなっているわけですし、本来ならば医師や看護師に行ってもらうのが一番良いことは、言うまでもありません。
しかし夜間に医師や看護師が常駐する介護施設の数は、きわめて少ないのが現実です。厚生労働省の調査によれば、夜勤や宿直の看護職員が必ずいる施設は、全体のわずか2%程度とのことです。
そのような状況下では、介護施設で夜勤当番となるごく少数の介護スタッフがやむを得ず、法律違反となるリスクを背負いながらも、措置を行わざるを得ないのが現実です。
医療行為を行ったという自覚のある介護施設の職員が、調査対象者全体のほぼ半数にのぼる結果となった調査もあるほどです。
介護スタッフの側としても、労働時間や待遇などが厳しい労働環境のなか、しかも頼る人手もない夜間などに刑事・民事罰を課されるかもしれない恐怖と戦いながらも、目の前で苦しむ入居者の世話にあたっているわけです。
介護業界への人材の定着という課題においても、この医療行為問題は大きなマイナス要因として横たわったままとなっています。
この問題はかなり以前から指摘されていたこともあり、介護関係者からは一部行為の解禁、また医療関係者からは医療施設と介護施設の線引きの明確化や医療施設の拡充などが要請され続けてきました。
2005年に厚生労働省は通知を出し、一部の行為に留まりますが「医療行為にあたらない」として、介護職が行うことを容認しました。
具体的には「体温・血圧の測定」「異常のない爪の爪切り」「軽微な切り傷ややけどなどの処置」「湿布貼り・点眼・内服・座薬の挿入」などです。
しかしこれらの認められた行為ですら、万一それに起因して刑事・民事上の問題が起きた場合には、事案としての適正さや違法性が司法の場で「個別に」判断されることになっていて、上に述べたリスクが完全に消え去ったわけではありませんでした。
現在は厚生労働省が、介護職員の医療行為を一部解禁することについての検討会を発足させ、議論が進められています。
なしくずしに介護職が行える医療行為の範囲を拡大すれば、介護施設入居者の安全性が脅かされることになりますし、逆に範囲の厳格化に走るならば介護職員の負担が増し、彼らの離職や介護施設の廃業、ひいては介護業界の縮小にもつながりかねません。
ひとつの方向性として、介護スタッフの待遇改善をはかりながら、十分な研修や訓練を義務づけたうえで行える医療行為の幅を拡大するべきだ、という声もあります。
介護施設に入居する利用者の、日々の暮らしの安全に関わる問題でもあります。利用者としても、この問題の今後の展開を注視したいものです。
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