介護保険の制度的硬直性が、介護施設の利用者にもたらす問題を知る。
2000年4月の発足以降、介護保険がその問題点についてさまざまに指摘を受けていることは、
すでにマスコミなどを通じてよく知られたところです。
しかしながら、その制度的な硬直性がもたらす問題は、利用する入居者の側にとってももはや決して
無関心ではいられない重大事、と言ってよいでしょう。
家族が苦労して調べ、最終的に選んで入居したはずの介護施設が、ある日突然「事業所の指定取り消し処分」を受け、寝耳に水の状態で、他の施設をあわてて探さなければならない…という具体的リスクとなって、いつ目の前に現れないとも限りません。
そしてこれは現実に、全国のあちこちで起こっていることなのです。
少しデータは古くなりますが、厚生労働省の2005年の「介護事業経営実態調査」によりますと、
事業別の費用と利益の割合を示す損益比率(%)において、きちんと10%以上の黒字をだせたのは
いわゆる「介護保険三施設」「通所リハビリテーション」で、逆に赤字となったのは「訪問介護」
「居宅支援介護」「訪問入浴介護」の三つとなっています。
(「介護保険三施設」については、「介護施設」とは、そもそも何を指すか。、「通所リハビリテーション」「訪問介護」等については、居宅サービス(1)〔その種類と分類〕。を、それぞれご参照ください)
厚生労働省 平成17年介護事業経営実態調査
国による政策的な「在宅介護へのシフト」が強まるなか、介護事業に利潤を求めて参入する民間の
営利企業は、これまで増加傾向にありました。
なかでも彼らにとって参入しやすいのが、初期投資額が比較的少なくてすむ、これらの訪問介護・
居宅支援介護といった分野です。
2008年に入りようやく、参入数が減少の兆候を示してはいるものの、2005年においてすでに
訪問介護に占める民間事業者の割合は、全体の5割以上に達しています。
参入が多いぶん、さまざまな不正を理由として事業所の指定取り消し処分を受ける民間事業者
の数も、この訪問介護・居宅支援介護の二つが、他に比してダントツで多くなっています。
厚生労働省によれば、2006年末までに指定を取り消されたのは、全国四十二都道府県において、
281事業者、459の事業所・施設に達しています。
そして、それら指定取り消しを受けた事業所の約7割が、民間営利企業の経営によるものでした。
ちなみに、地域的にみると、東京や大阪といった大都市圏で指定取り消しを受けた事業所の数が、
とりわけ多くなっています。
人件費も高く、企業間の競争も厳しい大都市圏で、全国ほぼ一律の介護報酬で採算をとりながら
経営していくことの難しさから、そのぶん不正が起きやすい構造がある、とも言われています。
事業所の指定取り消しを受ける理由はさまざまですが、代表的なのは、「サービス提供の時間を水増ししたりでっちあげたりすることによる、介護報酬の不正請求」「無資格者による介護サービスの提供」「虚偽内容の記載にもとづく事業所の指定申請」といったところが多いようです。
(最近の報道によると、全国で初となる「入居者に対する虐待」を理由とした指定取り消しも、2008年4月に起きたようです。)
2007年6月、訪問介護大手のコムスンが、介護報酬の不正請求を理由として、改正介護保険法に基づく事業所の新規指定・更新を数年間認めない旨の処分を受けたのが、記憶に新しいところです。
2006年の改正介護保険法により、介護保険から介護施設に給付される「介護給付費」抑制策の
一環として、事業者に支払われる介護報酬が抑えられたことは、いまや全国の介護施設利用者に
とっても切実な影響をもたらしています。
介護給付費における医療費の扱いは、介護施設に応じて扱いが異なります。
たとえば、介護老人福祉施設(特養)においては介護保険給付は医療費と別枠で適用されますが、介護老人保健施設(老健)では、医療費が介護給付費と込みで施設に支給されることになっています。
介護施設の経営という目線でみると、通院の多い入居者が多くなると、そのぶん医療費が外に流れ出てしまうため、経営面で採算が悪化することになります。
現在、”老健の特養化”などといわれていますが、特養に入居できない、あるいは入居待ちのために、
原則三ヶ月とされる入居期間を超えて、長く老健に入所する高齢者が、徐々に増えてきています。
その中で、入居者の通院が増えた場合、それをもって施設退所の要件とする老健の数も増えてきていますし、ましてや病院への入院となれば、即座に退所となる老健も珍しくありません。
また、介護施設のケアが充実していて、元気になる入居者が増えた場合などは、入居者の要介護度が全体的に下がり、結果としてその介護施設の収入が大きく減ることになりかねません。
これも、介護保険の給付に関わる制度的硬直がもたらしている問題といえます。
一般的にみれば、入居者の健康が大きく改善するということは、その施設の提供サービスの優秀さを
示すものでしょう。
しかし、当の施設を経営する側にとっては、そのぶん経営が左前になるリスクが増すという、皮肉な
結果をもたらす可能性が高いのです。
国の介護に対する財政支出がますます厳しくなる流れが避けられない中、利用者側としては、”要介護
認定の厳格化による、支給限度額の低下”という直接的な問題に、どうしても目がいきがちです。
しかしながら、これまで見てきたように、利用していた事業者のサービスがある日突然ストップしたり、また何の前ぶれも無いまま入居する施設から退去要請を受ける…といった事態が十分起こりうることも、これからは心しておかなければならないのです。
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